コスト意識
15年くらい前でしょうか。親の後を継いで開業する先輩医師からひとこと。
「お前は開業には向いてないよ。おそらく儲けを出せないから」
その言葉を本当に理解するまで10年くらいかかりました。いや,今でも「全て分かった」とは言えません。
医師は,患者を診察し,医療行為を行うことで対価を得ます。
その値段は,「保険診療」というルールに則ります。そのルールブックにはあらゆることが記載されており,病院においては医事課職員が「取れるものはキッチリ取る」べく目を光らせますし,高額な医療材料や薬品が査定されないように入念なチェックを行います。
多くの病院勤務医って,あまり経営のことは考えてません。
自分の給料は患者を診療することで得ていると信じているからです。
ですから,目の前の患者さんに最高の医療を施せば堂々と給料がもらえると思うわけです。
当然だろと思われたかもしれません。
でも,「最高の医療」のために,保険診療では認められてない検査を行ったり処方をしたりするとどうでしょう。
当然,その分の対価は病院には入らないどころか,病院の丸損となってしまいます。医師は,医療行為をするだけですから,別に身銭を切られることはないのです。目の前の患者さんに,「この薬が効くかもしれない」と処方し,仮に上手く行ったとても,「保険診療ルール」から外れていれば,病院は損するわけです。
たとえば,最近話題なのが「ソリリス」という薬。
もともとは発作性夜間血色素尿症という稀な病気に対して用いる特殊な薬です。これは,他に非典型的溶血性尿毒症症候群(aHUS)という病態にも効きます。しかし,これに対して使用した場合,保険診療で認められず査定された事例が全国的に増えています。
問題は,この薬は,1回200万円と言うこと。
査定(保険診療で認められないこと)されたら,病院は200万円を失うわけですよ。効いても,効かなかったとしても。
薬においては,「現時点では日本で認められていないが,海外では有効性が認められている」ものが結構あります。
でも,「海外で論文も多く出ていて効果が実証されている」からといって,日本で使えば,患者さんはさておき病院は大損するわけです。
ここ,医事課から事前チェックとかは入りません。
医師は,一度処方してしまったら,その行為にチェックが入りにくいのです。用法用量が間違っていれば薬剤師から疑義照会が来ます。しかし,薬剤師は投与した患者の病名は分かりません。ですから,処方された薬が適正なのか否かは分からないのです。
15年前の先輩の言葉。
もし,開業した場合にはコスト意識は不可欠です。
目の前の患者を助けるために,海外で認められている最新の治療をしたら,小さなクリニックは経営が成り立ちません。自分のみならず,家族,そして雇用しているスタッフを喰わせていくことができません。
小さな医院を継ぐと言うことは,そういうことなんです。
とても勉強していて,患者さんにとってよりよい海外の最新の治療法を知っていても,それを実行してはいけないのです。自分の方が最新の治療を十分に知っていても,自分のところでは行わず,大学病院のようなところに紹介するしかないのです。
そういう悔しい思いにお前は耐えられるのか,という意味だったわけです。
いろんな紹介状をいただきますが,紹介元の先生の思いを汲み取るのも,紹介を受ける側の医師の仕事かな…なんて思います。
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コメント
1回200万円の薬は、患者が払うことになるんじゃないんですか?!
普通、保険か使えない薬を手に入れるのには、患者にお金がかかるのかと思ってました。
払えないなら、高度な医療は受けれません、という展開かと。
病院がかぶることなんてありうるんですか?!
投稿: 布団 | 2015年7月30日 (木曜日) 08時18分
布団さん
すいません。誤解を与えました。
【患者】3割負担なので60万円負担。しかし、高額療養費制度により自己負担は10万円程度に減額。
【病院】保険組合から入るはずの140万円が査定され140万円の損。
【製薬会社】ことの経緯に関係なく200万円の売り上げ。
となります。なお、病院差はありますが、だいたいは病院全処方の0.3%前後は査定されており、病院の損となっています。
なお、混合診療は現在は認められておりませんが、近いうちに新制度になりそうです。
海外のみで認められている薬は患者がその価格を自己負担すれば使用可能というものです。この薬以外は保険診療です。カネがあれば最先端の薬が使えるというわけです。
投稿: おくちん | 2015年7月30日 (木曜日) 09時19分